盛岡地方裁判所 平成5年(ワ)296号 判決 1998年10月30日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 被告株式会社ヒノヤタクシー、同大野泰一、同大野耕平、同大野尚彦及び同大野晴久は、各原告に対し、各自金一二万円及びこれに対する被告株式会社ヒノヤタクシー、同大野晴久については平成五年九月二三日から、被告大野泰一及び同大野耕平については同月二五日から、被告大野尚彦については同月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告株式会社ヒノヤタクシー、同大野泰一、同大野耕平、同大野尚彦及び同大野晴久との間に生じたものはこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を同被告らの負担とし、原告らと被告大野妙子及び同菊池誠との間に生じたものは全部原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各原告に対し、各自金一一〇万円及びこれに対する被告株式会社ヒノヤタクシー、同大野晴久及び同菊池誠については平成五年九月二三日から、被告大野泰一、同大野耕平及び同大野妙子については同月二五日から、同大野尚彦については同月二九日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告らは、全国自動車交通労働組合連合会岩手地方本部盛岡支部ヒノヤ分会(以下「ヒノヤ分会」という。)の組合員であり、原告番号1ないし42記載の原告らは乗務員であり、同番号43、44記載の原告らは非乗務員である。
(二) 被告株式会社ヒノヤタクシー(以下「被告会社」という。)は、旅客運送を主たる目的とするタクシー会社である。
(三) 被告会社には、ヒノヤ分会の外に全国交通運輸労働組合総連合東北支部ヒノヤタクシー労働組合(以下「別組合」という。)がある。
(四) 被告大野泰一(以下「被告泰一」という。)及び同大野耕平(以下「被告耕平」という。)は、被告会社の代表取締役であり、被告泰一は社長、被告耕平は専務であって同泰一の弟である。
被告大野晴久(以下「被告晴久」という。)は、被告会社の取締役でり、常務であって被告泰一の弟である。
被告大野妙子(以下「被告妙子」という。)は、被告会社の取締役であり、被告泰一の妻である。
被告菊池誠(以下「被告菊池」という。)は、被告会社の取締役であり、本社営業所長である。
被告大野尚彦(以下「被告尚彦」という。)は、被告会社の取締役であり、営業部長(平成五年六月二〇日以前は営業課長)であって、被告泰一の長男である。
2 不当労働行為
(一) 月例賃率の引下げ
被告会社における乗務員の賃金は、完全歩合給制であり、稼働営収額に一定の賃率を乗じて算出されている。被告会社は、従前、ヒノヤ分会の組合員である原告らの賃率が稼働営収額の五一・五パーセントであり、その内訳として月例賃金分が四六・五パーセント、賞与分が五パーセントであったところ、平成五年三月二四日からタクシー運賃が一〇・三パーセント引き上げられ、乗務員の稼働営収額も一〇・三パーセント上がることを理由とし、月例賃金分の賃率を四二・一五パーセントとしても乗務員である原告らがこれまでの賃金を確保できるはずであるとして、ヒノヤ分会の組合員である原告らに対し、団体交渉における同分会の拒否にもかかわらず、同年四月二五日、同月分の賃金につき、一方的に月例賃金の賃率を引き下げ、稼働営収額の四二・一五パーセントの支払をし、さらに、同年五月分及び同年六月分についても、同様に稼働営収額の四二・一五パーセントの支払をした。
しかし、タクシー運賃が一〇・三パーセント上昇しても稼働営収額が当然に一〇・三パーセント上昇するわけではなく、また、そもそもタクシー運賃の引上げは、賃金、時間短縮等の労働条件の改善のために運輸省が認可したものである上、被告会社では完全歩合給制をとっているため、原告らの賃金の上昇はタクシー運賃の引上げによってのみ可能となる。現に、被告会社は、右タクシー運賃の引上げの認可申請に際し、その理由として労働条件の改善をあげているのであるから、タクシー運賃の引上げによる利益は原告らの賃金の上昇に還元されるべきであり、右のような賃率の引下げは極めて不当である。
原告らは、右賃率の引下げにより、前年同期と比較して一人当たり月平均二万五一九五円の減収となり、生活に支障を来すこととなった。
また、被告会社は、別組合の組合員の月例賃金について、平成五年四月分から、それまでの月例賃金の賃率四九パーセントを一パーセントだけ引き下げて四八パーセントとしたに過ぎないのに、原告ら組合員に対して大幅な右賃率の引下げを行い、別組合の組合員をヒノヤ分会の組合員より優遇し、ヒノヤ分会の組合員である原告らに対して不利益な取扱いをした。
このように、被告会社は、賃率引下げによって原告らの収入を減少させ、しかも別組合の組合員に比較してヒノヤ分会の組合員である原告らを不当に不利益に取り扱うことにより、右分会の組合潰しを謀った。
(二) 違法解雇
被告会社は、平成五年五月一二日、ヒノヤ分会の執行委員長である原告藤田良文(以下「原告藤田」という。)を解雇した。
しかし、原告藤田に解雇事由はなく、また、仮に解雇事由があるとしても、その解雇は重きに失することが明らかであるから、右解雇は解雇権の濫用である。被告会社は、右(一)の月例賃率の引下げとともに原告藤田を解雇することにより、一気にヒノヤ分会を壊滅させようとした。
(三) 賃率についての不利益な取扱い
被告会社は、それまでヒノヤ分会の組合員である原告らの賃金の賃率が四八・五パーセント、別組合の組合員の賃率が五〇パーセントであったところ、昭和六二年五月一三日、別組合の組合員については賃率を一パーセント引き上げて五一パーセントとしたのに対し、ヒノヤ分会の組合員である原告らについては賃率の引上げを行わず、同組合員に対して不利益な取扱いをした。
(四) 業務割当て上の不利益な取扱い
被告会社は、昭和六三年一月以降、ヒノヤ分会の組合員である原告らを観光要員に選任せず、同要員が乗務する営業車両の担当からヒノヤ分会の組合員をはずし、また古い車両を同組合員に配車し、更に、赤十字血液センターから県内各病院への血液の輸送や岩手医科大学から釜石製鉄所病院への医師の輸送等の長距離の注文についても、ヒノヤ分会の組合員に配車せず、別組合の組合員と比較し、ヒノヤ分会の組合員である原告らに不利益な取扱いをした。
(五) まとめ
憲法二八条は、労働者に団結権を保障しており、使用者に対する関係でもその権利性は肯定されるべきところ、被告会社の右(一)ないし(四)の行為は、原告らの組織を切り崩し、組織拡大を阻止することを目的としているのであって、原告らが所属するヒノヤ分会の団結権を侵害し、原告ら組合員が有する団結権をも侵害するものである。
また、原告ら組合員は、独立の人格者として社会的に尊重されるべき人格権を有するところ、被告会社の原告ら組合員に対する差別待遇等は、その内容の重大さ、継続性に照らせば、原告ら組合員の人格権をも侵害するものである。
被告会社の右行為は、不当労働行為であり、かつ、違法なものであるから、原告らに対する不法行為を構成する。
3 被告らの責任
(一) 被告会社は、前記したとおり、原告らに対して不法行為責任を負う。
(二) 被告泰一及び同耕平は、被告会社の代表取締役として、右不当労働行為を行ったものであり、原告らに対して不法行為責任を負う。
(三) 被告菊池は、取締役兼本社営業所長として、被告会社の右不法行為に関与したものであり、原告らに対し、被告会社、被告泰一及び同耕平と共に共同不法行為責任を負い、取締役として商法二六六条ノ三第一項に基づく責任をも負う。
(四) 被告尚彦は、被告会社の取締役兼営業部長として、ヒノヤ分会との交渉等にも関与し、被告会社の右不法行為に関与したものであり、原告らに対し、被告会社、被告泰一、同耕平及び同菊池と共に共同不法行為責任を負い、取締役として商法二六六条ノ三第一項に基づく責任をも負う。
(五) 被告晴久及び同妙子は、昭和五八年四月以降、被告会社が不当労働行為を繰り返していることを知りながら、代表取締役に対する監視義務を著しく怠って漫然とこれを放置し、原告らの前記した権利を侵害したものであり、取締役として商法二六六条ノ三第一項に基づく責任を負う。
4 損害
(一) 慰謝料 各一〇〇万円
原告らは、前記2の違法な行為により筆舌に尽しがたい精神的苦痛を受けており、これを慰謝するには各一〇〇万円が相当である。
(二) 弁護士費用 各一〇万円
原告らは、本件訴訟を提起するに当って原告ら訴訟代理人に委任し、その費用として各一〇万円を要した。
5 よって、原告らは、被告会社、被告泰一及び同耕平に対しては不法行為に基づく損害賠償として、被告菊池及び同尚彦に対しては不法行為に基づく損害賠償並びに商法二六六条ノ三第一項に基づく請求として、被告晴久及び同妙子に対しては商法二六六条ノ三第一項に基づく請求として、各原告に対し、各自一一〇万円及びこれに対する被告会社、被告晴久及び同菊池については平成五年九月二三日から、被告泰一、同耕平及び同妙子については同月二五日から、被告尚彦については同月二九日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、平成五年四月二五日、被告会社が原告らに同月分の賃金として、稼働営収額の四二・一五パーセントを支払い、また、同年五月分及び同年六月分の賃金として、同様に稼働営収額の四二・一五パーセントを支払ったことは認め、その余は否認し、その法的主張は争う。
(二) 同(二)の事実のうち、被告会社が、平成五年五月一二日、原告藤田を解雇したことは認め、その余は否認する。
(三) 同(三)の事実のうち、ヒノヤ分会の組合員である原告らの賃金の賃率が四八・五パーセント、別組合の組合員の賃率が五〇パーセントであったこと、被告会社が、別組合の組合員について賃率を五一パーセントとしたことは認め、その余は否認する。
(四) 同(四)の事実のうち、被告会社が、昭和六三年一月以降、原告らヒノヤ分会の組合員について、観光要員に選任しなかったこと並びに血液及び医師の輸送業務に就労させていないことは認め、その余は否認する。
3 同3は争う。
三 被告らの主張
1 月例賃率の引下げについて
被告会社が、ヒノヤ分会の組合員である原告らの平成五年四月分から同年六月分までの月例賃金について、稼働営収額の四二・一五パーセントの支払をしたのは、当初、被告会社からヒノヤ分会に対し、最終的で確定的なものとしてではなく、さらに改定する含みをもたせた暫定的で一時的なものとして、月例賃金の賃率を四二・一五パーセントとすることを提案したところ、同分会が、現行賃金への上乗額の提示を求めるのみで、それ以外のことには聞く耳をもたなかったため、やむなく月例賃金の暫定的な支払として行ったものである。
また、原告らの同年四月分から同年六月分までの減収は、被告会社の賃率の引下げによるものではなく、原告らの勤務成績がよくないことに起因するものである。
被告会社は、同年七月、原告らの月例賃金の賃率を四五・二パーセントと算出し、この計算による同年四月分から同年六月分までの月例賃金と既支給額との差額を原告らに支払った。これにより、原告らの月例賃金の賃率は四五・二パーセント、賞与は五パーセント、さらに同原告らの稼働実績に照らした年次有給休暇(以下「年休」という。)補償分が二・八パーセントであるから、その総合賃率は五三パーセントである。他方、別組合の総合賃率も五三パーセント(月例賃金分四八パーセント、賞与分五パーセント)であるから、両組合の組合員の間に賃率の差はなく、こうした経過によって行われた月例賃金の改定により、原告らに別組合の組合員との比較において不利益は生じていない。
タクシー運賃の引上げは、労働条件の改善のみのために認可されたものではなく、タクシー運賃の上昇による利益が全て右原告らの賃金の上昇に還元されるべきであるとは言えない。
2 原告藤田の解雇について
原告藤田の解雇は、乗務に従事中の同原告が、盛岡市指定の違法駐車防止重点地域に業務用車両を駐車し、食事をとるためその間車両から離れ、車両の保管をおろそかにしたことを理由とするものである。原告藤田の右事由が解雇に相当するか否かは別としても、同原告には乗務員に相応しくない非違行為があったのであるから、右処分は、被告会社が従業員に対する管理監督の一環として行ったものであって、労働組合の弱体化を意図して行ったものではなく、まして被告らの損害賠償義務を生じさせるほど強度の違法性を有するものではない。
3 別組合に対する賃率引上げについて
(一) 被告会社は、昭和六二年五月一三日、別組合の組合員について、賃率を一パーセント引き上げて五一パーセントとしたが、その理由は次のとおりである。
即ち、被告会社は、昭和六二年に、別組合から、従前の賃率(五〇パーセント)が、実質的に見れば、ヒノヤ分会所属の乗務員の賃率(四八・五パーセントと年休補償分の合計)よりも低率に過ぎ均衡を欠き不利益であるから、その賃率を五一パーセントに引き上げるよう要求があった。そこで、被告会社において調査したところ、ヒノヤ分会所属の乗務員が年休を全部消化した場合の賃金支給率が平均して五〇・七ないし五〇・八パーセントとなることが確認されたため、別組合の右要求が合理性を有するものであると考え、右要求を受け入れて別組合の賃率の引上げを行った。
(二) したがって、被告会社としては、当時このような措置をとることにより、乗務員間の実質的賃金格差を解消し、別組合の組合員の不公平感を払拭して、乗務員の勤労意欲を向上させて生産性を高めることになり、また、右賃率変更が妥当適正なものであると信じて行ったものであって、ヒノヤ分会の組合員を不当に差別する意図でこのような措置をとったものではない。
右賃率の引上げは、右のような動機、目的、理由及び態様等から見て、社会的に相当な範囲を著しく逸脱するものではないから、未だ被告らに対する損害賠償請求権を生じさせる程強度の違法性を有するものではない。
4 業務割当てについて
(一) 新車、担当車両の割当てについて
被告会社は、かねてから観光用営業車には優先的に新車を割り当てているが、意図的に乗務員が所属する労働組合の別により新車や担当車両を差別して割当てたことはなく、営業車を効率よく長期間使用できるようにとの観点から、運転習熟の程度、運転技術の巧拙、勤労意欲の強弱、営収能力の優劣等、個々の乗務員の個性に着目して車両割当ての基準を設け、これに照らして具体的な割当てをしてきたものである。
したがって、新車や担当車両の割当ての妥当性について、単に外形的かつ概括的に見ることは不適当であるし、また、仮に被告会社の車両割当てが不当労働行為に当たるものであるとしても、それは、被告会社の右の勤務評定等に基づいて行われたものであるから、その違法性は未だ被告らに対する損害賠償請求権を生じさせる程強度のものではない。
(二) 長距離輸送・観光要員について
被告会社が、ヒノヤ分会の組合員である原告らを血液及び医師の輸送業務に従事させていないのは、被告会社では、右業務は観光要員に限り担当させているところ、被告会社とヒノヤ分会との間に、観光要員の選任に関する協定が成立していないため、原告らが観光要員に選任されていないからである。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実、同2(1)の事実のうち、平成五年四月二五日、被告会社が原告らに同月分の賃金として、稼働営収額の四二・一五パーセントの支払をし、また、同年五月分及び同年六月分の賃金として同様に稼働営収額の四二・一五パーセントの支払をしたこと、同(二)の事実のうち、被告会社が、同年五月一二日、原告藤田を解雇したこと、同(三)の事実のうち、ヒノヤ分会の組合員である原告らの賃金の賃率が四八・五パーセント、別組合の組合員の賃率が五〇パーセントであったこと、被告会社が、別組合の組合員について賃率を五一パーセントとしたこと、同(四)の事実のうち、被告会社が、昭和六三年一月以降、原告らヒノヤ分会の組合員を観光要員に選任しなかったこと、血液及び医師の輸送業務に就労させていないことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 当事者間に争いのない事実に証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 当事者等
(一) 被告会社は、旅客運送を主たる目的とする資本金三〇〇〇万円のタクシー会社であり、本社のほか、盛岡市及びその郊外に山岸、北大橋、日詰及び都南の四つの営業所を有している。また、被告会社には、労働組合として、原告らの所属するヒノヤ分会と別組合が存在する。
(二) 被告泰一は、昭和五二年ころ以降、被告会社の代表取締役であって社長である。
被告耕平は、被告泰一の弟であり、昭和五三年六月以降、被告会社の代表取締役であって専務である。
被告晴久は、被告泰一の弟であり、昭和四〇年以降、被告会社の取締役であって常務であり、主として各営業所の統括を担当している。
被告尚彦は、被告泰一の長男であり、昭和五九年三月六日に被告会社に入社し、昭和六〇年四月二一日に営業課長となり、その後取締役に就任し、平成五年六月二一日から営業部長となっている。なお、同被告は、昭和六一年ころから労務を担当している。
被告妙子は、被告泰一の妻であり、昭和五〇年五月二六日以降、被告会社の取締役であるが、非常勤である。
被告菊池は、昭和三一年七月一七日に被告会社に入社し、昭和五〇年五月二六日に取締役に就任し、昭和六二年八月から本社営業所長となったが、平成六年九月末に退職した。
(三) 被告会社における労務担当者は、営業部長である被告尚彦であり、その労務対策については、被告泰一、同耕平、同尚彦、同晴久及び各営業所の所長及び課長らによって協議することとされている。また、被告会社とヒノヤ分会との団体交渉に際しては、被告会社では主に被告泰一、同耕平及び同尚彦が交渉に当たっていた。
被告会社の経営は、労務を含め、ほとんど被告泰一、同耕平、同晴久及び同尚彦の随時の協議によって行なわれており、被告妙子及び同菊池は、右協議や取締役会に出席することもなく、被告会社の業務執行ないし意思決定に関与することはなかった。
2 本件以前の経緯
(一) 二つの労働組合の成立とそれぞれの賃率
被告会社は、乗務員の賃金について、稼働営収額に一定の賃率を乗じて算出する完全歩合給制をとっている。右賃金は、月例賃金と賞与に分けられ、月例賃金は毎月二〇日締めで二五日に支払われ、賞与は四月、八月及び一二月の各月五日に支払われることとなっている。
被告会社には、もと労働組合としてヒノヤタクシー労働組合が存在し、昭和五三年以降従業員の賃率(月例賃金分及び賞与分)は五〇パーセントとされていたところ、右労働組合は、昭和五八年四月五日、全国自動車交通労働組合連合会岩手中央本部に加盟してヒノヤ分会となった。一方、その直後、同組合を脱退した者が同年九月二三日別組合を結成し、以降被告会社には二つの労働組合が併存することとなった。
ヒノヤ分会と被告会社の間では、同年四月ころ、ヒノヤ分会が従来の月例賃金及び賞与とは別に、年休を取得した場合の補償の支払を求め、これに対して被告会社が、その年休補償分は稼働営収額の約二パーセントに該当するとして、その分従前より賃率を引き下げることを求めたため、岩手県地方労働委員会のあっせんを経て交渉が持たれ、その結果、同年八月一九日、同年七月二一日以降の賃率を四八・五パーセント(うち月例賃金分四六・五パーセント、賞与分二パーセント)とし、年休を取得した場合には健康保険法三条所定の標準報酬日額を補償すること等を内容とする協定が締結された。一方、別組合の賃率は、同組合の結成当時から従来どおり五〇パーセントとされていた。
これにより、被告会社の二つの労働組合の賃金体系は、ヒノヤ分会の組合員について、賃率が四八・五パーセントであるが年休を取得する都度その補償が支払われるのに対し、別組合の組合員について、賃率が五〇パーセントであるが年休を取得する毎に特段その補償が支払われることはない、といった別々の仕組みをとることで一応両組合及び被告会社が合意し、以降この賃金体系が実施されてきた。
(二) ヒノヤ分会及び同組合員と被告会社との紛争
(1) ヒノヤ分会は、嘱託の名称で雇用された従業員(以下「嘱託従業員」という。)一五名が同分会に加入したことを被告会社に通知したところ、被告会社から嘱託従業員に解雇予告通知がされたため、昭和六一年九月一三日から同年一〇月六日にかけて、その撤回等を求めるストライキを行った。右解雇予告は、岩手県地方労働委員会のあっせんによって撤回され、同年一二月三〇日、ヒノヤ分会と被告会社とは、嘱託従業員について、試採用を経て本採用とするとの内容を含む協定を締結した。
(2) ヒノヤ分会の組合員である千坂實は、昭和六一年四月五日、勤務中の物損事故や同事故の相手に対する暴言等を理由に解雇されたため、被告会社を相手に雇用契約上の権利の確認等を求めて盛岡地方裁判所に訴訟(同裁判所昭和六一年(ワ)第三七〇号事件)を提起し、同裁判所は、平成元年五月二九日、右雇用契約上の権利の確認等を認容する判決をした。
(3) ヒノヤ分会の組合員である民部田秀夫は、昭和六一年六月七日、勤務中の物損事故等を理由に解雇されたため、被告会社を相手に雇用契約上の権利の確認等を求めて盛岡地方裁判所に訴訟(同裁判所昭和六一年(ワ)第三七一号事件)を提起し、同裁判所は、平成元年五月二九日、右雇用契約上の権利の確認等を認容する判決をした。
(4) ヒノヤ分会の組合員である小西勝隆は、昭和六二年一月三〇日、勤務中の物損・人身事故等を理由に解雇されたため、被告会社を相手に雇用契約上の権利の確認等を求めて盛岡地方裁判所に訴訟(同裁判所昭和六二年(ワ)第三二五号事件)を提起し、同裁判所は、平成元年八月一六日、右雇用契約上の権利の確認等を認容する判決をした。
(5) ヒノヤ分会の組合員である扇田良作(以下「扇田」という。)は、昭和六二年八月五日、勤務成績が不良であること及び後記のとおり原告藤田とともに被告会社の営業方針に反するいわゆる運転代行を行ったことを理由に解雇されたため、被告会社を相手に雇用契約上の権利の確認等を求めて盛岡地方裁判所に訴訟(同裁判所昭和六二年(ワ)第三〇八号事件)を提起し、同裁判所は、平成二年二月一日、右雇用契約上の権利の確認等を認容する判決をした。
(6) ヒノヤ分会は、被告会社が昭和六二年度の非乗務員の冬期一時金の支給率及び乗務員の賃上げ等に関する団体交渉を拒否している等として、岩手県地方労働委員会に不当労働行為救済申立事件(昭和六二年(不)第七号)を提起し、同委員会は、昭和六三年一二月二〇日、被告会社に対し、団体交渉に誠意をもって応じなければならないとの救済命令を発した。
(7) その他、被告会社に対し、<1>ヒノヤ分会の組合員である原告三田和子、同佐藤タエ子外一名は、平成元年八月二九日、休日手当について支払を拒みあるいは休日分の賃金を控除しているとして、その未払賃金等の支払を求める訴訟(盛岡地方裁判所平成元年(ワ)第二四七号事件)を、<2>右組合員である原告田中英夫、同釜沢政三、同朽木富太郎、同中田五郎外二名は、同年九月六日、年次有給休暇を取得したところ、被告会社がその分の賃金を控除しあるいは右休暇補償額の支払をしないとして、その未払賃金等の支払を求める訴訟(同裁判所平成元年(ワ)第二五五号事件)をいずれも提起し、<1>の事件は同年一二月二六日に、<2>の事件は平成三年三月二〇日に、それぞれ和解により終了した。
3 被告会社のヒノヤ分会組合員に対する対応
(一) ヒノヤ分会組合員に対する車両の割当て
被告会社では、従前、概ね勤務年数の多い乗務員から順に登録後間もない車両(新車)が割り当てられ、各乗務員の担当車両も決まっており、担当車両が廃車となる場合には新車が割り当てられるという仕組みとなっていた。しかし、ヒノヤ分会の組合員については、昭和六一年九月から同年一〇月にかけての前記ストライキ以降、新車の割当てや決まった担当車両も減少し、その結果、別組合の組合員と比較しても、登録後ある程度の年数が経過した古い車両に乗務する者や、担当車両を持たされずに毎日違った車両に乗務する者が多い状態となった。
新車と古い車両とでは当然に乗り心地が異なり、また担当車両が毎日変わる場合には、担当車両が決まっている場合と比較して、毎日型式ないし調子の違う車両を運転しなければならない上、洗車を必要とする回数が多いため、その分稼働時間が少なくなり(担当車両が毎日変わる場合には、毎日洗車した上で次の担当者に引き継がなければならないが、担当車両が決まっている場合には、必ずしもそのようなことが行われていないのが実情となっている。)、また時間外労働も制約される等、労力的にも、稼働営収額の点でも差異がある。
(二) ヒノヤ分会組合員に対する配車
被告会社において顧客からの注文により料金が一万円を超える長距離配車のうち重要な部分を占めるのは、日本赤十字血液センターから岩手県内の各病院までの血液の輸送業務及び定額料金をもって契約している岩手医科大学付属病院の医師を岩手県内の釜石製鉄所病院や水沢総合病院に輸送する業務である。右血液及び医師の輸送業務については、昭和六〇年ころ、ヒノヤ分会の組合員が右血液の輸送業務に従事した際、その輸送先を誤ったことがあったため、その後は従業員の中から選任された観光要員にのみ配車することとなり、ヒノヤ分会の組合員の中からも右観光要員が選任されていた。
ヒノヤ分会と被告会社は、昭和六〇年二月ないし三月ころ以降、当該年度の右観光要員の選任基準について交渉を行い、被告会社からは主に被告耕平、同尚彦らが出席し、ヒノヤ分会に対して一六項目の選任基準が示された。
右交渉においては、同年五月一日、一旦はヒノヤ分会の組合員から一二名を観光要員に選任することとなったが、ヒノヤ分会から、右選任基準の一つとして、乗務員が勤務中に起こした物損事故による車両修理費を負担することを前提に修理費の精算が済んでいることを要件とするのは問題であり、右精算が済んでいないことを理由に右選任から外されていた者についても観光要員の中に含めるべきであるとの申し入れがあり、一方、被告会社からも、右選任基準の一つである観光要員は労働争議に参加しないとの条項についてのみまず覚書を締結することの申し入れがあり、これに対してヒノヤ分会からは選任基準の全体について協定を締結することの申し入れをする等のやりとりがあったため、一旦は選任された右観光要員についても、同年六月二二日には保留することとなった。
その後、嘱託従業員のヒノヤ分会加入に関する前記ストライキの実施を経て、右修理費の問題は別途の交渉により解決し、また、ヒノヤ分会は、観光要員の争議不参加の点についても、争議行為に入る以前に予め被告会社が観光要員としての業務を命じた場合には労働争議に参加しないという条項として、これを含めた被告会社の示す選任基準を受け入れることとし、昭和六一年一二月三〇日に締結された協定の中に、事故修理代の取扱いについての合意と共に、「組合は、観光要員の選任基準について同意する。」「春期観光シーズン前に選任者を決定する事とする。」旨が明記され、これにより、観光要員の選任基準については両者の間に大筋で合意がなされた。
しかし、その後、右選任基準についての協定を作成するために開かれた小委員会(被告会社側の出席者は被告耕平、同尚彦ら)において、被告会社から、再び観光要員の労働争議不参加についてのみまず協定を締結することの申し入れがあり、またヒノヤ分会の組合員には管理職にあいさつをしない者がいる等としてそういう組合からは観光要員を選任できないとの態度が示されたため、右協定の締結には至らなかった。その後は、ヒノヤ分会と被告会社との間に、右選任基準について協定を締結する機会は設けられていない。
ヒノヤ分会と被告会社との間では、平成四年一月二三日、観光要員であって予め被告会社から日時指定の配車を受けその運行に従事するときは労働争議に参加しないものとする旨の覚書は締結されたものの、依然として観光要員の選任基準についての協定が締結されていないため、ヒノヤ分会の組合員は観光要員に選任されることがなく、観光要員にのみ配車される前記血液輸送及び医師の輸送等の長距離業務は、別組合の組合員にのみ配車され、ヒノヤ分会の組合員に対する割当てのないのが現状である。その結果、ヒノヤ分会の組合員は、別組合の組合員に比較し、一回の注文で高額の営収をあげることのできる機会が減り、その分営収をあげようとすればこまめに客を拾う等の努力を強いられることとなっている。
(三) 別組合に対する賃率引上げ
ヒノヤ分会は、昭和六一年及び昭和六二年の春闘において、いずれも賃金体系の変更と共に賃金の引上げを求めたが、被告会社は、いずれの年も右申入れに応じるつもりはない旨の回答をした。
ところが、被告会社は、昭和六二年五月一三日、別組合との間で、同年三月二一日からの賃率を従来の五〇パーセントから一パーセント引き上げて五一パーセントとする旨の協定を締結した。これにより、ヒノヤ分会の賃率(四八・五パーセント)と別組合の賃率との差は、従前の一・五パーセントから二・五パーセントに拡大した。
ヒノヤ分会では、別組合に対する右賃率の引上げを知り、同年九月一日ころの団体交渉において、ヒノヤ分会についても従来の賃率の一パーセント引上げを求めた。被告会社は、別組合に対する右賃率の引上げについて、ヒノヤ分会の組合員の出勤時間が午前八時であるのに対し、別組合の組合員の出勤時間は午前七時三〇分と早朝出勤となっている日が一日あるため、別組合の組合員の労働時間がヒノヤ分会の組合員よりも一サイクル(一三日間)当たり三〇分長くなっていることに対応したものである旨説明し、ヒノヤ分会の賃率の引上げには応じなかった。
なお、別組合の早朝出勤の時間は、右賃率の引上げ前の同年三月ないし四月に、従来の午前七時から午前七時三〇分に変更され、むしろ従前よりも遅くなっている。
(四) 岩手県地方労働委員会への救済申立等
ヒノヤ分会は、別組合に対する前記賃率の引上げ、車両の割当て、長距離配車等における取扱いについて、昭和六三年一月二二日、岩手県地方労働委員会に対し、不当労働行為救済申立事件(岩労委昭和六三年(不)第三号)を提起した。同委員会は、平成三年三月一九日、被告会社に対し、別組合に対する賃率の引上げにより生じた格差の是正、車両の割当て、長距離配車及び観光要員の選任について、ヒノヤ分会の組合員と別組合の組合員との差別扱いの禁止、右差別扱い等の行為を繰り返さないこと等のポストノーティス(誓約文)の掲示を命じた。
被告会社は、右掲示は行ったものの、車両の割当て、長距離配車及び観光要員の選任については何ら具体的な措置を講じることはなく、平成三年四月一九日、岩手県地方労働委員会を被告として、右救済命令の取消しを求めて盛岡地方裁判所に訴訟(同裁判所平成三年(行ウ)第三号事件)を提起したが、同裁判所は、平成五年一一月五日、被告会社の請求を棄却する旨の判決をし、仙台高等裁判所(同裁判所平成五年(行コ)第一一号事件)は、平成七年一月二六日、被告会社の右一審判決に対する控訴を棄却する判決をし、最高裁判所(同裁判所平成七年(行ツ)第一一二号事件)は、平成一〇年一月二二日、被告会社の右控訴審判決に対する上告を棄却する判決をした。
(五) タクシー運賃値上げに伴う賃率引下げ
(1) 賃率の推移
別組合の賃率は、同組合に対する前記賃率の引上げ後、平成二年に五二パーセントとなり、平成三年四月のタクシー運賃の改定(値上率は平均一〇・四パーセント)に伴い、同年四月から五三パーセント(うち月例賃金分四九パーセント、賞与分四パーセント)となり、平成四年四月から五四パーセント(うち月例賃金分四九パーセント、賞与分五パーセント)となった。
一方、ヒノヤ分会と被告会社は、平成四年七月一八日、平成三年分(平成三年三月二一日から平成四年三月二〇日までの分)の賃率につき、月例賃金分を四六・五パーセント、賞与分を四パーセント(合計五〇・五パーセント)とする協定及び平成四年分(平成四年三月二一日から平成五年三月二〇日までの分)の賃率につき、月例賃金分を四六・五パーセント、賞与分を五パーセント(合計五一・五パーセント)とする協定を締結した。
(2) タクシー運賃値上げ認可に伴う交渉
東北運輸局長は、平成五年三月一六日、道路運送法九条に基づき、岩手県内のタクシー事業者の申請にかかる一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の変更を修正認可し、これにより、同月二四日から、同県内のタクシー運賃は平均一〇・三パーセント値上げされることとなった。
被告会社は、右認可申請に際し、「運賃改定の御認可を頂き実施をいたしますに当っては、労働力の確保のための従業員の待遇改善、労働環境の充実向上を緊急の課題として、その実現のため最大の努力をいたします。」等の文言を記載した同月一二日付け誓約書を東北運輸局長に提出した。
被告会社は、同年二月二五日、既に運賃が改定されるとの情報を得ていたヒノヤ分会に対し、次回運賃・料金改定時には公称改定率を基準として、現在支給している賃金額を下回らない暫定賃金配分率を設定し、直ちにこれを実施する旨の申入れをした。これに対し、ヒノヤ分会からは、同月二八日、被告会社に対し、今後の団体交渉で決定されるまで右暫定賃金配分率を実施しないようにとの申入れがされた。
被告会社は、同年三月一〇日、ヒノヤ分会に団体交渉を申し入れ、他方、ヒノヤ分会からも、翌一一日、被告会社に団体交渉の申入れがあり、同月一九日、被告会社から被告泰一、同耕平及び同尚彦が出席し、ヒノヤ分会との間に団体交渉が開かれた。
右団体交渉においては、ヒノヤ分会からは、春闘要求として、現行の賃率(四六・五パーセント)について、原告らの手取額として平均二万五〇〇〇円に相当する賃率の引上げが求められたが、被告会社からは、逆にタクシー運賃が一〇・三パーセント値上がりした場合、これに伴って稼働営収額も一〇・三パーセント増加するとし、これを前提に、従前の賃金額を下回らない賃金をヒノヤ分会の組合員である乗務員が確保できる賃率は、従前の賃率四六・五パーセントを一一〇・三パーセントで除して得られる四二・一五パーセントとなる旨の提示がされたため、右話合いはつかなかった。
その後、同年四月二日及び同月二二日の団体交渉においても、右と同様のやりとりが行われ、ヒノヤ分会からは、運賃が一〇・三パーセント値上げされても稼働営収額が一〇・三パーセント増加するわけではなく、被告会社の計算は到底承服できないとするのに対し、被告会社からは、まず賃率の交渉の原点を四二・一五パーセントとすることをヒノヤ分会が受け入れなければ、これにいくら上乗せするかという協議にも入れないとして、右話合いはつかなかった。
(3) 被告会社の賃金支払
被告会社は、被告泰一、同耕平、同晴久及び同尚彦の協議により、原告らを含むヒノヤ分会の乗務員である組合員に対し、稼働営収額の四二・一五パーセントに相当する金員を支払うことを決定し、平成五年四月二五日、同月分の賃金について、右賃率に相当する賃金を支払った。
ヒノヤ分会は、被告会社に対し、同年五月二四日の団体交渉において、同分会の反対にもかかわらず一方的に賃率を引き下げて賃金を支払ったことに抗議したが、被告会社は、翌二五日には同年五月分の賃金について、また同年六月分の賃金についても、右同様に引き下げた賃率に相当する賃金を支払った。
被告会社は、タクシー運賃の値上げに際し、別組合との間で、同年四月中旬ころ、賃率を従前の五四パーセントから一パーセント引き下げて五三パーセント(うち賞与分五パーセント、月例賃金分四八パーセント)とする合意をし、同組合員に対し、同月分から稼働営収額の四八パーセントの賃率に相当する賃金を支払った。
なお、本件運賃改定後の同年四月分から同年七月分までの稼働営収額の平均は、前年の同時期と比較し、ヒノヤ分会の組合員の平均で九九・五パーセント、別組合の組合員の平均で一〇二パーセントとなっている。
また、ヒノヤ分会の組合員の収入は、同年四月分から同年六月分までの賃金が稼働営収額の四二・一五パーセントしか支払われないことにより、一人当たり月平均約二五〇〇円の減収となった。
(4) その後の経過
被告会社は、平成五年七月一三日、ヒノヤ分会との団体交渉において、平成四年度の実績をもとに原告らが年休を全て消化した場合の賃金支給率を別紙支給率(賃率試算表)説明書のとおり計算すると五四・三パーセントとなり、これから月例賃金分四六・五パーセント及び賞与分五パーセントを差し引いた二・八パーセントが年休補償分となるとして、五三パーセントから年休補償分二・八パーセント及び賞与分五パーセントを差し引き、月例賃金分の賃率を四五・二パーセントとすることを提案した。
被告会社の右提案は、原告らが年休を全て消化した場合の賃金支給率をもとに年休補償分を算出しているが、ヒノヤ分会の組合員は、手取賃金を多くするため、実際には年休を全部消化することはほとんどないのが実状であった。
ヒノヤ分会は、被告会社の右提案に対し、年休補償分を二・八パーセントとみることには承服できないとしてこれを拒否し、話合いはつかなかった。しかし、被告会社は、右の交渉において、ヒノヤ分会に対し、同年七月の給料日に同月分の賃金として稼働営収額の四五・二パーセントに相当する金額及び同年四月分から同年六月分までの賃金として稼働営収額の四五・二パーセントに相当する金額と既支給額との差額を支払う旨告げ、同月二五日、同分会の乗務員である組合員にこれを支払った。
被告会社は、平成六年春ころ、同年分について、別組合との間に賃率を五四パーセント(うち賞与分五パーセント、月例賃金分四九パーセント)とする合意をし、また、ヒノヤ分会との間では、同年八月二四日、「組合は、会社が提案している賃金体系の変更について前向きに検討するものとする。」こと等の内容を含む協定を締結した。
(六) 原告藤田の解雇
(1) 原告藤田は、被告会社の乗務員であり、ヒノヤ分会の組合員であって、昭和六二年九月以降は同分会の執行委員であり、昭和六三年九月以降は同分会の執行委員長であった。
(2) 原告藤田は、平成五年五月五日午後七時二〇分ころ、盛岡市南大通一丁目地内の、岩手県公安委員会により車両の駐車を禁止する区間に指定され、かつ、盛岡市違法駐車等防止条例により重点地域として指定されている区域内において、食事をするため営業車両のドアに鍵をかけて路上駐車させていた。被告泰一は、たまたま右車両を見つけたため、周辺の飲食店を回って右車両の乗務員を探し、付近の飲食店で食事中の原告藤田を発見した。原告藤田は、右違法駐車について被告泰一に謝罪したが、被告泰一は、原告藤田に右車両の鍵を提出させ、営業所に連絡し、他の従業員に右車両を営業所まで回送させるとともに別の車両で原告藤田を営業所に帰らせた。
(3) 被告会社は、同年五月一〇日、被告耕平(委員長)及び同尚彦により構成する賞罰委員会を開き、原告藤田から、前記路上駐車について事情聴取を行った。右賞罰委員会は、翌一一日、原告藤田の行為は就業規則一〇条(保管義務)に違反し、同規則七一条一四号の懲戒規定に該当するので懲戒解雇とする旨の結論を出した。被告会社は、同月一二日、原告藤田に対し、就業規則一〇条に違反する行為をしたことを理由に解雇した。
右解雇に際しては、<1>原告藤田が昭和六一年一〇月に三日間無断欠勤したこと、<2>昭和六二年七月無許可で運転代行をしたことも併せ考慮されていたが、<1>については、原告藤田が新婚旅行のため口頭で有給休暇の申請をして欠勤したところ、被告会社では有給休暇の申請は就業規則三八条により書面ですることとされていることを理由に無断欠勤として扱われたというものであり、また、<2>については、被告会社でそれまで行っていたいわゆるタクシー運転代行について、昭和六二年七月中旬ころから、関連会社のヒノヤ商事の従業員と組んで土曜日、日曜日及び祭日の午後三時から午後七時までの間に行うこととしたところ(ただし、被告会社では、これを別組合の組合員には周知させたが、ヒノヤ分会が団体交渉においてタクシー運転代行には協力できないと主張していたため、同分会の組合員にはこれを周知させていなかった。)、原告藤田が同僚の扇田とともに運転代行を行い、代金は扇田と二分して被告会社に納入したというものである。原告藤田は、<1>に際しては一ヶ月の自宅待機処分を、また<2>に際しては減給処分をそれぞれ受けた。
(4) 原告藤田は、同年六月二四日、被告会社に対する雇用契約上の地位の仮の確認等を求めて盛岡地方裁判所に仮処分(同裁判所平成五年(ヨ)第六七号)、を申請し、同裁判所は、同年一一月一日、原告藤田の違法駐車は就業規則で定める保管場所の義務違反行為に該当しないとして右申請を認める決定をした。その後、被告会社は、原告藤田に対し、同年一一月分及び同年一二月分の給料につき、違法駐車をしたことを理由に一パーセント減給して支払った。
(七) ヒノヤ分会組合員の減少
ヒノヤ分会の組合員は、昭和五八年四月一日当時二一五名であったが、同分会を脱会して別組合の組合員となる者や被告会社を退職する者もあって次第に減少し、本件訴訟の提起当時は四四名となっている。
二(ママ) 被告会社の責任
1 不当労働行為該当性
(一) 車両の割当てについて
(1) 前記認定の事実によれば、ヒノヤ分会の組合員に対する新車の割当てや特定の担当車両の配車の減少は、別組合の組合員と比較して不利益な取扱いであると認められるところ、被告会社の右取扱いは、昭和六一年のストライキ以降、嘱託従業員のヒノヤ分会への加入及びこれに伴う同分会と被告会社との労使紛争を背景として行われたものといわざるを得ず、被告会社が、ヒノヤ分会の組合員に対し、同組合員であることの故をもって、登録後の年数が経過した古い車両を割り当て、また、担当車両を持たせないという取扱いをすることで、労力的にも経済的にも、別組合の組合員と比較して不利益を与え、もってヒノヤ分会の弱体化を企図したものと見ざるを得ないから、右行為は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。
(2) 被告会社は、乗務員の車両割当てについて、観光用営業車には優先的に新車を割り当てているものの、所属組合の如何により差別することなく、運転習熟の程度、運転技術の巧拙、勤労意欲の強弱、営収能力の優劣等、個々の乗務員の個性に着目して車両割当ての基準を設け、これに照らして具体的な割当てをしてきた旨主張する。
しかしながら、被告会社は、右車両割当ての「基準」について、何ら具体的に示した立証をしておらず、また、観光用営業車に優先的に新車を割り当てているとの点についても、後記(二)のとおり、観光用営業車に乗務できるのは、観光要員に選任されていることが必要であるところ、未だ、被告会社とヒノヤ分会との間には、観光要員の選任に必要な選任基準の協定が締結されておらず、前記認定のとおり、その協定の締結できない原因が主として被告会社にあると認められることを考慮すれば、被告会社の右主張は理由がなく、右(1)の結論を左右するものではない。
(二) 長距離配車について
(1) 前記認定の事実によれば、被告会社は、ヒノヤ分会の組合員には長距離配車となる血液及び医師の輸送業務を行わせておらず、その結果、別組合の組合員に比較し、一回の注文で高額の営収額をあげることのできる機会が減り、稼働営収額の点でも、労力的な点でも不利を強いられることとなっているのであるから、右輸送業務についても、ヒノヤ分会の組合員であることの故をもって不利益な取扱いをし、もって同分会の弱体化を図ったものと見ざるを得ないから、右行為は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。
(2) 被告会社は、ヒノヤ分会の組合員を血液及び医師の輸送業務に従事させていないのは、被告会社が観光要員に限って右業務を担当させているところ、昭和六〇年六月以降、被告会社とヒノヤ分会との間に、観光要員の選任に関する協定が成立しておらず、原告らを観光要員として選任できていないためである旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、観光要員の選任基準の内容については、被告会社とヒノヤ分会との間の昭和六一年一二月三〇日の協定により、観光要員の選任基準に関する大筋の合意ができたにもかかわらず、その後の小委員会において、被告会社が、再び観光要員の労働争議不参加についてのみ協定を締結することに固執し、その上ヒノヤ分会の組合員には管理職にあいさつをしない者がいる等の理由で協定化を拒んだことにより、右協定化の作業は中断されたままとなり、被告会社は、その後も右協定を締結する機会を設けることもなく、漫然と右のような観光要員の選任に関するヒノヤ分会と別組合との不平等を解消する努力もせずこれを放置しているのであって、右観光要員の選任に関する協定の不成立及びこれに伴う右輸送業務に関する不平等な取扱いは、むしろ被告会社に責任があるというべきであるから、被告会社の右主張は理由がなく、右(1)の結論を左右するものではない。
(三) 別組合に対する賃率引上げについて
(1) 前記認定の事実によれば、被告会社では、昭和五八年以降、ヒノヤ分会の組合員には年休を取得する都度その補償が支払われるのに対し、別組合の組合員には年休を取得する毎にその補償が支払われることがないことを前提に、ヒノヤ分会と別組合との間の賃率の差が一・五パーセントのまま推移してきたが、昭和六二年五月、ヒノヤ分会との間では賃金の引上げを拒否しながら、別組合についてのみ、特段の合理的理由もなく賃率を一パーセント引き上げているのであって、右賃率の引き上げは、前記したストライキの実施を背景に、ヒノヤ分会の組合活動を嫌悪し、同分会の弱体化を狙った差別的な取扱いをしたものと見ざるを得ないから、右行為は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。
(2) 被告会社は、別組合に対する右賃率の引上げについて、昭和六二年、別組合から、従前の賃率が、ヒノヤ分会の組合員の賃率と均衡を欠くため賃率を五一パーセントに引き上げるようにとの要求があり、被告会社で調査したところ、ヒノヤ分会所属の乗務員が年休を全部消化した場合の賃金支給率が平均して五〇・七ないし五〇・八パーセントとなることが確認されたため、両組合間の公平を図る目的で行ったものである旨主張し、被告尚彦及び同耕平は、昭和六三年の岩手県地方労働委員会での不当労働行為救済申立事件及び同救済命令取消事件において、いずれも右主張に沿う供述(<証拠略>)をしている。
しかしながら、そもそも、年休を全部消化した場合の賃金支給率を賃率算定の基準とすることは、後記(四)(3)のとおり、その合理性を欠くばかりでなく、被告尚彦及び同耕平の各供述部分は、次のとおり採用できないものであるから、被告会社の右主張は理由がなく、右(1)の結論を左右するものではない。
まず、被告尚彦は、当初、前記した被告会社のヒノヤ分会に対する団体交渉拒否に関する昭和六二年の岩手県地方労働委員会での不当労働行為救済申立事件及びヒノヤ分会の組合員である扇田の解雇に関する当裁判所昭和六二年(ワ)第三〇八号事件において、別組合に対する右賃率の引上げについて、労働時間が一サイクルで三〇分長いこと、早朝出勤があること及び労働契(ママ)約が締結されていないことを理由とするものである旨供述(<証拠略>)していたが、その後、昭和六二年(ワ)第三〇八号事件において、労働契(ママ)約が締結されていないとの点を撤回する旨供述(<証拠略>)し、昭和六三年の岩手県地方労働委員会での不当労働行為救済申立事件の第三回審問においても、右賃率の引上げの理由を労働時間が長くなったこととそれが早朝出勤に当たることである旨供述(<証拠略>)していたところ、同事件の第四回審問において、右賃率の引上げの一番の根拠は有給休暇の補償分を含めて実質的な支給率を計算すると五〇・七パーセントになったためである旨供述(<証拠略>)し、その供述を大幅に変更させており、右供述の変更は、後に計算してみた結果によるものである旨供述(<証拠略>)する等、その供述には一貫性がなくかつ不自然であり、両組合間の支給率の差が賃率の引上げの理由であるとの点は、後に付け加えたものであることを自認しているも同然であり、このような供述の変遷を考慮すれば、被告尚彦の右供述部分は到底信用することができない。
次に、被告耕平は、昭和六三年の岩手県地方労働委員会での不当労働行為救済申立事件の中で、被告尚彦の右供述について、「私なりに計算をした結果、労働時間とは関係なく年次有給休暇の部分で間違いが発見できた」等と供述(<証拠略>)し、右賃率の引上げ当時、被告会社が既にその主張のような計算を行っていたのかどうか疑問を持たざるを得ない供述をしていることに加え、右賃率の引上げの調査において、賃率算出の根拠としたとする昭和六〇年度以前の稼働実績についての資料について、これを紛失したと供述(<証拠略>)しているのであって、右賃率の引上げの正当性の根拠となる重要な証拠である右資料を紛失したとは考え難く、さらに前記認定のとおり、昭和六二年九月一日ころの団体交渉において、別組合に対する賃率の引上げを知ったヒノヤ分会から賃率の一パーセント引上げが求められた際、被告会社では右引上げについて、早朝出勤となっていること及び別組合の組合員の労働時間が長くなっていることに対応したものである旨説明していることに照らしても、被告耕平の右供述部分は信用することができない。
(四) 月例賃率の引下げについて
(1) 前記認定の事実によれば、被告会社は、平成五年四月から同年六月にかけて、ヒノヤ分会の組合員に対し、従前の月例賃金の賃率である四六・五パーセントを四二・一五パーセントに一方的に引き下げた賃金を支払っているが、右一方的な賃率の引下げは、ヒノヤ分会のみに対する何ら合理性のない労働条件の不利益変更であると見ざるを得ないから、右行為は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。
(2) 被告会社は、平成五年四月分から同年六月分までの月例賃金の支払について、ヒノヤ分会との団体交渉の過程で、さらに改定する含みをもたせた暫定的、一時的なものとして月例賃金の賃率を四二・一五パーセントとすることを提案したところ、同分会が聞く耳をもたなかったため、暫定的に実施したものである旨主張し、被告泰一及び同尚彦の各供述はこれに沿うものであるが、そもそも賃率による完全歩合給制をとる被告会社において、こうした賃率の引下げが労働条件の不利益変更に当たることは明らかであり、加えて右四二・一五パーセントという数字自体、タクシー料金の改定によって、タクシー運賃が一〇・三パーセント値上げされたことにより、その稼働営収額が一〇・三パーセント増加することを当然の前提として算出されているものであること前記認定のとおりであるところ、タクシー運賃の値上げがあった場合には、当然に客離れ等が考えられ、右値上率がそのまま乗務員の稼働営収額の増加率に結びつくものと考え難いことは公知であるから、右賃率の算定方法に合理性を認めることはできない。被告会社が、交渉のたたき台として提示するならいざ知らず、拒否するヒノヤ分会の組合員に三か月にわたって一方的に引き下げた賃率に相当する賃金を支払い、その結果、現に原告らの受給賃金額は前年に比較して減収となっているのであるから、被告会社の右の支払が暫定的、一時的なものであったとしても、右賃率の引下げが原告らに対する不当労働行為を構成することを左右するものではない。
なお、被告会社は、原告らの減収は、被告会社の賃率の引下げによるものではなく、原告らの勤務成績がよくないことに起因するものである旨主張するが、前記認定のとおり、同年四月分から同年七月分までの稼働営収額の平均は、ヒノヤ分会の組合員及び別組合の組合員のいずれについても、タクシー料金の値上げ率一〇・三パーセントにはほど遠い状態であり、この点から見ても、被告会社による賃率の引下げが原告らの減収と無関係であるとは到底いうことができない。
(3) 被告会社は、同年七月、原告らに対し、同年四月分から同年六月分の月例賃金として、稼働営収額の四五・二パーセントと既支給額との差額を支払っているから、原告らに不利益が生じたとはいえない旨主張するが、そもそも、合理性を欠く賃率の引下げによる賃金支払行為の違法性が、その後に引き上げられた賃率によって計算し直された差額を支払うことによって直ちに治癒されるとは言い難い上、右四五・二パーセントという数字の根拠となった別紙支給率(賃率試算表)<八一頁参照>の被告会社の計算式自体、以下のような不合理な点があるといわなければならない。
すなわち、右計算式は、ヒノヤ分会の組合員が年休を全て取得したことを前提に、年休を完全に取得した場合に得られたであろう原告らの稼働営収額(右計算式では(7))に対する年休を完全に取得した場合に得られたであろう年休に対する補償額(右計算式では(5)に(9)を乗じたもの)の割合として年休補償分を計算しているが、ヒノヤ分会の組合員は、賃金額の減少を避けるため、年休の全部を取得することはほとんどないのが実情であること前記認定のとおりであるから、その年休補償分は、原告らの稼働営収額(右計算式では(1))に対する実際に取得した年休に対する補償額(右計算式では(2)-(3)に(9)を乗じたもの)の割合と見るべきであり、これは常に被告会社主張の計算式による数字以下の数字となるのである。
したがって、被告会社が年休補償分を二・八パーセントと算出していることには合理性がないから、被告会社が稼働営収額の四五・二パーセントを支払ったことによっても、別組合との賃率の不平等が解消されたとみることはできず、右四月分から六月分までの賃率引下げの違法性を否定することはできない。
(五) 原告藤田の解雇について
(1) 前記認定の事実によれば、原告藤田は、食事のため一時的にドアに鍵をかけた上で駐車違反区域に営業車両を駐車していたにすぎないところ、被告会社の就業規則一〇条には、「乗務員は業務上必要な次の各号に該当するものは、運行管理者又は代務者の命ずる所に保管しなければならない。」として、(1)号に「自動車」等を規定(<証拠略>)しており、右規定の趣旨は、自動車その他タクシー輸送業務に必要なものについては所定の場所に保管することにより、被告会社の右業務に支障が生じないようにすることにあると解するのが相当であるから、原告藤田の右行為は、右のような趣旨を規定する同条に該当すると解することは到底できないのみならず、右のような軽微な駐車違反の事実を理由に行った被告会社の右懲戒解雇処分は、ヒノヤ分会に打撃を与え、同分会の弱体化を狙って行われたものと見ざるを得ないから、右行為は労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する。
(2) 被告会社は、原告藤田に対する右処分について、従業員に対する管理監督の一環として行われたものであって、労働組合の弱体化を意図したものではない旨主張する。
しかしながら、原告藤田に対する右処分は、前記認定のとおり、長年にわたる被告会社とヒノヤ分会との間の労使紛争を背景に、とりわけ平成五年にヒノヤ分会からの賃率の引上げ要求に対し、被告会社がタクシー運賃改定に伴う賃率の引下げを求め、ヒノヤ分会が拒否したにもかかわらず一方的に引下げを行うといった状況の中での処分であり、内容的にも、就業規則一〇条には該当しないものと解される駐車違反の事実をもって懲戒解雇という重大な処分をしたものであって(なお、右処分に当たり併せ考慮された過去の事実についても、無断欠勤の事実は、単なる手続上の形式的な誤りである上、運転代行の事実も、その周知徹底を図らない被告会社の責任も認められるところであり、いずれも懲戒解雇の事由となるものとは解されない。)、処分の適正を著しく欠くものと評価せざるを得ず、むしろ駐車違反に藉口してヒノヤ分会の執行委員長である原告藤田を解雇することにより、同分会に打撃を与えることを意図したものと見ざるを得ないから、被告会社の右主張は理由がなく、右(1)の結論を左右するものではない。
2 不法行為責任
以上のとおり、被告会社の前記した各行為は、いずれもヒノヤ分会に対する不当労働行為に該当し、ひいてはヒノヤ分会の組合員である原告らの団結権を侵害するものと解すべきであり、また、前記認定のとおり、被告会社とヒノヤ分会及びその組合員との間には、昭和六一年ころから多数かつ長期にわたる訴訟ないし地方労働委員会等の場における紛争が繰り返され、その都度ヒノヤ分会や同組合員の主張を是認した仮処分決定や判決ないし救済命令等が出されてきていることをも併せ考慮すれば、その社会的相当性をも著しく逸脱するものと評価せざるを得ず、その違法性は、原告らヒノヤ分会の組合員に対する不法行為に基づく損害賠償義務を基礎づける程度に至っているといわざるを得ないから、被告会社は原告らに対し、右損害賠償義務を免れないというべきである。
三 被告泰一、同耕平、同晴久及び同尚彦の責任について
前記認定のとおり、被告会社の経営は、被告泰一、同耕平、同晴久及び同尚彦が随時協議をすることによって行われており、労務対策についても右各被告のほか、被告会社の各営業所の所長及び課長らが協議して行っている。そして、被告会社とヒノヤ分会との団体交渉に際しては、主に被告泰一、同耕平及び同尚彦がこれに当たっている。また原告藤田に対する処分については、被告耕平及び同尚彦が賞罰委員となって懲戒解雇の結論を出している。
このような被告会社内の実体から見れば、被告会社に本件不法行為責任が認められると同時に、被告泰一、同耕平及び同尚彦も共同して右不法行為を行ったものと評価することができ、同被告らも被告会社と共同不法行為責任を負うというべきである。
また、被告晴久は、前記認定のとおり、その主たる業務担当が労務対策ではないとしても、取締役として被告会社の経営や労務対策に関する協議に実質的に関与しており、実際、平成五年四月のヒノヤ分会に対する賃率の引下げに関する協議にも参加しており、被告会社の常務という重要な立場にあること等に照らせば、被告晴久には、少なくとも被告会社、被告泰一、同耕平及び同尚彦の不法行為について監視を怠った重大な過失があり、原告らに対して商法二六六条ノ三に基づく損害賠償義務を負うというべきである。
四 被告妙子及び同菊池の責任について
被告妙子は、全くの名目的な取締役であり、担当業務さえなく、およそ被告会社の業務執行ないし意思決定に関与する余地もなかったものであること前記認定のとおりであるから、被告妙子に監視義務違反を認めることはできない。
被告菊池は、本社及び都南営業所の所長ではあったが、被告会社の経営に関する協議や取締役会に出席することはなく、また、被告会社の業務執行ないし意思決定に関与することもなかったこと前記認定のとおりであるほか、右各不当労働行為についてこれに関与したと認めるに足りる証拠はなく、また、被告菊池がこれらの事実を知って制止するような立場にあったとも認め難いのであるから、被告泰一、同耕平、同晴久及び同尚彦の不法行為に対する監視義務の懈怠を認めることもできない。
したがって、被告妙子についての商法二六六条ノ三の責任、被告菊池についての不法行為責任及び商法二六六条ノ三の責任は、いずれもこれを認めることができない。
五 損害
1 慰謝料 各一〇万円
前記したとおり、原告らが、被告会社、被告泰一、同耕平及び同尚彦の不法行為並びに被告晴久の取締役としての監視義務違反により、精神的損害を被ったことは容易に推測され、右不法行為等の性質、態様等に鑑み、なお、原告らのうち、非乗務員である原告三田和子及び同佐藤タエ子を除くその余の原告らは、いずれも別件訴訟において、平成五年四月分以降の従前の賃率によって支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額の支払を求める訴訟(当裁判所平成五年(ワ)第二九一号未払賃金等請求事件)を提起していることは当裁判所に顕著である等、本件記録から窺われる諸般の事情を考慮すれば、原告らに対する慰謝料額は、各一〇万円をもって相当というべきである。
2 弁護士費用 各二万円
原告らの負担した弁護士費用のうち、本件不法行為と相当因果関係のある部分は、本件訴訟の難易や認容額等に照らせば、各原告に対する右認容額の二割の二万円とするのが相当である。
六 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、被告会社、被告泰一、同耕平、同尚彦及び同晴久に対し、それぞれ主文一項掲記の限度で理由があるから認容し、右被告らに対するその余の請求並びに被告妙子及び同菊池に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条本文、六四条本文、六五条一項(なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。)をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一〇年八月七日)
(裁判長裁判官 栗栖勲 裁判官 中村恭 裁判官 大澤知子)
〔当事者目録〕
原告 大林講平
(ほか四三名)
原告ら訴訟代理人弁護士 石橋乙秀
被告 株式会社ヒノヤタクシー
右代表者代表取締役 大野泰一
被告 大野泰一
被告 大野耕平
被告 大野晴久
被告 大野妙子
被告 菊池誠
被告 大野尚彦
右七名訴訟代理人弁護士 大沢三郎
《別紙》 支給率(賃率試算表)説明書
1. 計算年度 平成4年度(平成4年3月21日~平成5年3月20日)
2. 対象者 全自交ヒノヤ分会加入の乗務員で平成5年3月20日現在で会社に在籍していた者、合計44名。
3. 作成目的 年次有給休暇(以下「年休」という)を完全に消化した場合の稼働営収額に対する賃金総支給率を求める。
4. 項目説明
(1) 稼働営収額(X) 平成4年度1年間の総稼働営収額
(2) 規定日数 平成4年度1年間の定められた勤務交番における規定出勤日数
(3) 出勤日数 平成4年度1年間の現実に出勤した総日数
(4) 営収額/日 1勤務当たりの稼働営収額……………………………計算式(1)÷(3)(小数点以下切捨)
(5) 付与日数 平成4年度の年休付与日数
(6) 算定日数 平成4年度の年休を完全に消化した場合の出勤日数………………………計算式(2)-(5)
(7) 稼働営収額(Y) (6)により算出した年間稼働営収額……………………………………………計算式(4)×(6)
(8) 歩合給(51.5%) (7)に対する賃金配分………………………………計算式(7)×0.515(小数点以下切捨)
(9) 標準日額 平成4年度の標準報酬日額
(10) 年休補償額 平成4年度の年休付与日数を完全に消化した場合の年休補償総額………計算式(5)×(9)
(11) 総支給額 平成4年度の総支給額…………………………………………………………計算式(8)+(10)
(12) 総支給率 年間稼働営収額に対する総支給額の支給率
……計算式(11)÷(7)×100(小数点第3位以下切捨/単位:%)
5. その他 番号18の佐々木昭二郎は長期に渡る病気欠勤のため、規定日数以外は算定から除外した。